イセヒカリについて

ISEHIKARI

平成元年(1989年)、伊勢神宮の神田で栽培された
コシヒカリが台風被害を受けた中、倒れずに生き残った
2株を山口県の篤農家さんが
10年かけて栽培、研究をし誕生しました。

神宮司庁は「お伊勢さんの稲」
「神様から戴いた稲で、慎んで作っていただきたい」
ということで、品種登録されること
無く今日に至っています。







お米の消費量は年々、減少しています。さらに昨今のお米の価格が高くなり、米離れは加速しているのではないでしょうか?

奇跡のお米 イセヒカリ

しかし、お米は日本人にとって縄文・弥生時代の何千年も食べ続けてきた、身体と心を整える主食です。

お米を食べることは栄養面だけではなく心を整えることにもなります。

イゼヒカリは「熱帯ジャポニカ」という縄文時代の遺伝子を持つ稲です。

このイセヒカリは、日本人本来の遺伝子を呼び覚ますことができ、食を通じて、日本の素晴らしさを取り戻すお米です。

しかし、お米は日本人にとって縄文・弥生時代の何千年も食べ続けてきた、身体と心を整える主食です。

お米を食べることは栄養面だけではなく心を整えることにもなります。

イゼヒカリは「熱帯ジャポニカ」という縄文時代の遺伝子を持つ稲です。

このイセヒカリは、日本人本来の遺伝子を呼び覚ますことができ、食を通じて、日本の素晴らしさを取り戻すお米です。

奇跡のお米 イセヒカリ

イセヒカリの逸話

  • 神宮司庁は「神様から戴いた稲で、慎んで作っていただきたい」と。
  • 「お伊勢さんの稲」
  • 「この稲は、作る者の人柄が出る稲だ」
  • 「作りよい稲」「如何様にも作れる稲」
  • 根張りがよく、強い生命力を持っています
  • 病害虫への耐性があります
  • 食糧難を救ってくれるお米といわれています
  • 商売っ気を出すと上手く育たないといわれています
  • 水稲だけでなく陸稲で栽培もできます
  • 硬質米のため酒米ではないが酒米としても向いています
  • 原原種は100年分冷凍保存され、毎年、原種を栽培し、配布されています
  • トランスフォゾン(動く遺伝子)のため自家採種で栽培し3年が経つと全く違うお米に変わってしまいます

山口イセヒカリ会では、種籾を3年に一度、原種に変えてくださいと言われています。
イセヒカリはトランスポゾン(動く遺伝子)のため、自家採取により栽培をし続けると本来のイセヒカリと全く異なる遺伝子のお米になるからだそうです。
種籾についてはお問合せください。
種籾配布をされていらっしゃる山口の方をご紹介いたします。

イセヒカリの商標は、山口神社庁が登録をされています。
本来、商標登録をされたものを自由に使うことはできませんが、山口神社長と山口イセヒカリ会の方々が、多くの方に栽培をしていただきたいとの思いで名前の利用に規制をされていません。
そのようなご厚意の上、イセヒカリが普及しています。本来の本物のイセヒカリを栽培するために、種籾は、ぜひ山口イセヒカリ会から種籾を受け継がれ、栽培されることをお勧めいたします。

毎年12月上旬、お米の収穫後は、山口大神宮にて「イセヒカリ籾置岩神事」が執り行われています。

イセヒカリを栽培されるみなさま、ぜひ、山口大神宮にお越しください。

イセヒカリ神事

SHINTO RITUAL

山口県神社庁と山口イセヒカリ会のご神事

籾置岩神事

「西のお伊勢さん」といわれる山口県山口市の山口大神宮にて「籾置岩の神事」が執り行われています。

イセヒカリの誕生に
携わった方々

PEOPLE INVOLVED

奇跡のお米 イセヒカリの栽培に携わった元神田管理者 森 晋 氏
元神田管理者 森 晋 氏
奇跡のお米 イセヒカリの栽培に携わった元山口県農業試験場場長
岩瀬 平 氏
元山口県農業試験場場長
岩瀬 平 氏
奇跡のお米 イセヒカリの栽培に携わった元山口県農業試験場
吉松 敬祐 氏
元山口県農業試験場
吉松 敬祐 氏

伊勢神宮 | 山口県神社庁 | 山口イセヒカリ会 | 山口県篤農家 他

貴重な映像

VALUABLE VIDEO

奇跡のお米 イセヒカリの貴重なテレビ放映映像
テレビ取材
稲と環境〜多様性から未来を探る〜

吉松敬祐氏

KEISUKE YOSHIMATU

イセヒカリ資料

INFORMATION

奇跡のお米 イセヒカリの資料
奇跡のお米 イセヒカリの資料

伊勢神宮御神田で誕生した水稲品種「イセヒカリ」について
10年かけて原種を特定し、栽培特性を明らかにした足跡を纏めた資料をぜひご一読ください。

この記録は、平成6年10月、伊勢神宮神田管理事務所より元山口県農業試験場長岩瀬平氏のもとへ、イセヒカリ(当時コシヒカリ晩)の稲株5、稲穂3束が送られてきて、この稲の評価を求められたことから、イセヒカリとは如何なる稲かの探求が始まり、山口県阿武郡阿東町徳佐に住む吉松敬祐氏が原種圃を担当し、山口県内外の「山ロイセヒカリ会」参加の篤信農家が、10年かけて原種を特定し、栽培特性を明らかにした足跡を纏めたものである。

 

イセヒカリ歴史年表

CHRONOLOGY

平成元年 伊勢神宮御神田で台風により倒伏したコシヒカリの中から 直立した2株の稲を発見
平成2年 試験田で1本植え栽培を実施  育種試験開始
平成5年 「コシヒカリ晩」 として本田栽培へ移行
平成6年 岩瀬 平(元山口県農業試験場長) が伊勢神宮神田管理事務所から 変異株(稲株5・稲穂3束)を受け取り評価・分析を開始
平成8年 千年記念の祈念として 「イセヒカリ」と正式に命名 

メディア取材

MEDIA

奇跡のお米 イセヒカリの雑誌記事2
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